IPPレポート No.1【速報版】日本政府は米軍に沖縄の要求を正しく伝えているか :PFOS汚染を事例にした沖縄県、沖縄防衛局、米軍間コミュニケーションの検証

河村 雅美(The Informed-Public Project 代表)
Dr. Masami Kawamura
2016年3月25日

ポイント

  • 沖縄防衛局は県企業局の要請を稚拙な英訳で米軍に送付している。稚拙な英文書簡は沖縄県が作成した書簡であると米軍に認識されている可能性もある。
  • 沖縄防衛局は沖縄県企業局の意思を正確に反映する文書を米軍に送っていない。沖縄防衛局の米軍への要請内容は、沖縄県企業局の米軍への要請よりも弱い要請になっていた。
  • 沖縄の自治体の意思を米軍に届ける日本政府の文書の位置づけが不明
  • 沖縄防衛局はこのような事態の経緯を説明すべきである。
  • 沖縄側から米軍への要請や抗議の方法は検討を要する。

本稿の目的

本レポートでは、米軍基地被害に関する自治体、日本政府、米国間の文書がどのように交換されているかについて、2016年に県民に報告された嘉手納基地周辺の水源の有機フッ素化合物(PFOS)汚染の事例を用いて検証する。基地被害の問題において、このような文書の交換やコミュニケーションへの検証はこれまでほとんどなく、それゆえいわゆる「基地問題」において見落とされてきた部分の認識や、より具体的な対応策につながるものと考える。

今回のPFOS汚染問題は、汚染源が嘉手納基地内にある可能性が高いと沖縄県企業局は指摘しており、米軍基地汚染の一例であると考えてよいだろう。米軍基地を起因とする汚染は、米軍の責任が厳しく問われるべきであり、このPFOS汚染の件も、まずは米軍が情報提供を積極的に行い、汚染の原因を特定するための立ち入り調査の実現に協力し、沖縄側の安全を確保する対策を早急にとる責任がある。そして、そのためには、仲介役となる日本政府が、沖縄側の要求を米軍に正確に、誠実に伝え、安全確保のために全力を尽くす責任があるといえる。そのような責任の認識に基づいて、今回も、沖縄県企業局が実態の解明を、沖縄防衛局を通して米軍政府に要請している。これは、これまで米軍基地関係の事故等が発生する度に行われてきた、自治体、議会が日本政府(沖縄防衛局、外務省沖縄事務所)に要請、抗議を行い、日本政府が対応し、米軍に伝えるというパターンの踏襲といえる。

しかし、今回のPFOS汚染問題に対する米軍からの対応も、これまでがそうであったように、沖縄側の要望を反映したものではなかった。そしてその対応の不十分さについても、これまで通り、「米軍の地元軽視」や「日米地位協定の壁」などの構造の問題と議論されている。それゆえ問題の解決や対策についても、米軍の態度の改めや地位協定の改正という議論になっている。

これらの議論は、確かに、今回のPFOS問題や「沖縄問題」の根本を捉えており、それゆえ、地位協定の改正は今後も強く求めることが必要である。しかし一方、この議論が「沖縄側からの要請は日本政府を通して米軍側に正確に伝わっている」ということを前提として成り立っていること、そしてその前提が本当に正しいのかどうかを問うことの必要性を認識しなければならない。実際、今回のPFOS問題への米軍側からの対応をみる限り、「地元軽視」や「地位協定」の壁だけではなく、その「前提」が崩れている可能性へ着目する必要があるといわざるをえない。

私たちは、メディアを通して、沖縄県や自治体が米軍基地問題について日本政府へ要請する「風景」を見てきた。しかし、その要請をどのように日本政府が米軍に届けたか、というフォローアップをする視点での問題設定の枠組みはなかった。沖縄側の要請が、日本政府を介して米軍に確実に伝えられているかという部分については公開されておらず、また、要請をする沖縄側も公開を要求することはなく、ブラックボックス化しているのが現状であるからだ。

今必要なのは、そのブラックボックスを開け、沖縄側の要請を日本政府がどのように米軍に伝えているのか、また沖縄側はその過程をどのように確認しているのか、という過程を検証することである。具体的には、要請文の中身や質(英語の質、要請の具体性、書式のスタイル)や、沖縄県からの要請は正しく米軍に効果的に伝えられているかの検証である。それは、日本政府が要請の仲介役として、適切に機能しているかの検証であり、沖縄側の要請を実現させようと日本政府が真摯に対応しているかの検証ともなる。

本レポートでは、2016年の有機フッ素化合物(PFOS)検出からの沖縄県、沖縄防衛局、米軍の文書ややりとりを事例とし、現在行われている、日本政府が沖縄県の要請を米軍に伝える、というこの既存のパターンにおける3者のコミュニケーションの問題をあぶり出すことを試みた。この事例は、PFOS汚染が嘉手納基地に起因するものである可能性が高いことがデータから明らかになっていること、また、沖縄県が配水する水の安全性を確保する責任があり、緊急性を伴うため、沖縄側の米軍への照会や要請内容も具体性が高く、交渉の継続性があるものとなっている。このことから複数回のやりとりをみることで、日本政府の仲介役として、いかに機能しているかの傾向をある程度推測することができるため、検証に適した事例であると思われる。

なお、本レポートではコミュニケーションの問題として英語の問題を取り上げている。在日・在沖米軍が日本・沖縄に駐留するのであるならば、日本語でコミュニケーションすることを原則とするべきという考え方もとりうるが、今回は、この部分は議論の対象としていない。米軍基地被害の対外的な問題発信を射程に置く意味でも、英語でのコミュニケーションが必要であることを前提としているレポートである。

1. 問題の背景

2016年1月18日、沖縄県企業局(以下、県企業局)は北谷浄水場周辺の有機フッ素化合物PFOSが高濃度で検出されたことを発表した【1】。

【1】
沖縄タイムス「北谷浄水場から汚染物質 有機フッ素化合物 嘉手納基地原因か 水道水供給も」(2016.1.19)、琉球新報「比謝川に化学物質 浄水場水源 嘉手納基地から流入か」(2016.1.19)。沖縄県企業局ウェブサイトでの発表資料「企業局水源地における有機フッ素化合物の検出状況について(2016.1.18)http://www.eb.pref.okinawa.jp/userfiles/files/page/opeb/0118_press_release.pdf

県企業局は発生源について「比謝川、長田川取水ポンプ場及び嘉手納井戸群において PFOS 濃度が高く、米軍嘉手納基地(以下、嘉手納基地)内から比謝川に流入する大工廻川において高濃度(1,320ng/L)が検出されていることから、発生源は嘉手納基地の可能性が高い」と推定したことから、PFOS汚染問題は、解決に向けて沖縄側から日本政府、米国、嘉手納基地へのアプローチが必要となった。

2.コミュニケーションのプロセス

県企業局、沖縄防衛局(以下、防衛局)、嘉手納基地が、県企業局の発表後、どのようにやりとりをしていったのか、その過程を追った。

【参照】「PFOSに関する沖縄県、日本政府(沖縄防衛局)、米軍(嘉手納基地)との要請・回答時系列表」

(1)沖縄県企業局から沖縄防衛局へ(2016.1.21)

— 曖昧な要請内容【文書①】—

【文書①】県企業局から防衛局への文書20150121

1月18日後の、県企業局から記者発表後、県企業局は「沖縄県公営企業管理者企業局長 平良敏昭」から「沖縄防衛局長 井上一徳」へ「企業総1261号 企業局水源において検出された有機フッ素化合物の対策等について(要請)」文書を提出した。

同要請文書では、比謝川と大工廻川の高濃度のPFOSの発生源は嘉手納基地である可能性が高いことを考え、以下の3項目を米軍に働きかけるように、沖縄防衛局に要請している。

  1. 現在米軍嘉手納基地において、PFOSを使用している実態があれば、その使用を直ちに中止するとともに、適切な対策をとるよう米軍に働きかけること。
  2. 現在PFOSを使用していなくても過去に使用していた実態があれば、その使用履歴を明らかにするとともに、その対応策を示すよう米軍に働きかけること。
  3. 県による水源水質検査のための基地内への立ち入り及びサンプリング採取を認めるよう米軍に働きかけること。

この県企業局の要請自体、米軍への要求事項が曖昧で抽象的である。「使用している実態があれば」と聞くよりも、具体的にPFOSの過去5年の在庫目録(インベントリー)の記録、PFOSが検出された月の訓練記録を要求するなど、ピンポイントの事実確認を行うことが具体的な回答を引き出すことにつながると考えられる。また、後述するように、立ち入り、サンプリング採取が、このPFOSの汚染源を特定するためのものではなく、通常許可されている嘉手納基地井戸群のサンプリングと米軍側に解釈されたのも、立ち入りの目的を明確に書かなかったためと考えられる。

(2)沖縄防衛局から米軍へ

ー 日本政府のカバーレターなし、稚拙な英文【文書②】ー

〈防衛局の文書なし〉

【文書②】20160121防衛省提出資料嘉手納PFOS米軍第1次県要請英訳文書(English) 

次に、防衛局が、県企業局の要請を受け、どのような要請を米軍に行ったかを検証する。この文書は公開されていないため、衆議院議員赤嶺政賢氏を通じて、防衛局の米軍への文書を入手した。

この文書は、(1)の県企業局から沖縄防衛局への文書の英訳にすぎなく、沖縄防衛局から米軍へのカバーレターもない。つまり沖縄防衛局を発信元にする文書は添えられていなかったので、この経緯を赤嶺議員事務所に聞き取りを依頼すると、防衛省の回答は以下のとおりであった。

1)当該文書を米側に送付したときには、これ以外の文書はない。

2)1月21日に沖縄県から要請書を受け取り、ただちに英訳し、その日のうちにメールで米側に送付した。沖縄防衛局企画部地方調整課環境対策官から、第718施設中隊施設管理部長(嘉手納基地内)宛。翌22日、沖縄防衛局企画部次長と同環境対策官が前日に送付したメールを持参し、同施設管理部長らに直接説明した。

3)局側からは速やかな回答を求め、米側は検討するとのことだった。

赤嶺議員事務所によると、この時点の防衛省の対応としては、「県の要請を伝える」というスタンスにとどまっていたという。県企業局の防衛局宛の文の英訳を渡すだけという、沖縄の懸念を米軍に伝える姿勢として、非常に杜撰な対応であると考えられる。

〈稚拙な「英訳」〉

また、この「英訳」は稚拙であり、非常に問題がある英文書簡である。本来、英文で文書を提出するには、和文を英訳するのではなく、受け取る側の書式と言語で書き起こすことが基本であるが、この文書は、県企業局の翻訳文書となっている。

県企業局の書簡を、県企業局の要請意図が伝わるように、丁寧に翻訳してあればよいが、そのような防衛局の作業の跡はない。

まず、県企業局の書簡であるにもかかわらず、「県企業局」の正式英訳が間違っている。組織名、役職の定訳をリサーチして正しく訳すことは翻訳の基本中の基本であるが、防衛局は発信先を“Mr. Toshiaki Taira, Administrator,  Business Administration, Okinawa Prefectural Government”と訳している。正しくは”Toshiaki Taira, Director General, Okinawa Prefectural Enterprise Bureau” である。

タイトルの”Countermeasures against Organic Fluorine Compound detected at water source controlled under Okinawa Prefectural Government (For Request)”も、単語の選び方が適切でない。CountermeasuresはOxford Advanced Learner’s Dictionaryによれば、”a course of action taken to protect against sth that is considered bad or dangerous”とあり、本件の米軍の対策を求めるためには、この言葉は適切でない【2】。

【2】
吉川秀樹氏によると、”Control measures for Organic Fluorine Compound ”の方が適切であるが、countermeasuresは日本政府が「対策」の訳としてよく使っているとのことである。日本政府の対外文書の英語に関してはまた別の考察が必要である。

本文自体、英文の質として大変低く、最初の一文から文法的にも間違った文で始まっており、(”OPG Business Administration has uniquely been surveyed since February in 2014…” )、選んだ単語も適切でない。これでは「企業局が独特に調査された」という意味になってしまっている)。また、県企業局の質問の曖昧さもあるゆえに、米軍への要求事項が明瞭に読み取ることができない。

沖縄防衛局の文書の英文の質の評価に関しては、「3.考察」でまとめて後述する。

(3)米軍から沖縄防衛局の回答(2016.2.17)

ー 杜撰な回答【文書③】ー

【文書③】米軍回答(仮訳&English)20160217

この要請を受け、米軍から「覚書」の形で回答が2月17日にあり、メディアに公開された。【文書③】のとおりである。米軍の回答は、県企業局の質問番号に対応していない。

1は立ち入りに関しての回答である。米軍は、今回の件の立ち入りに関しての要請に対して、県企業局がPFOS汚染源のための立ち入りを要求していることをおそらくわかっていながら、県企業局が通常実施している嘉手納井戸群の水質調査の立ち入りはできる、という県企業局の質問の趣旨をはぐらかした回答をしている。この回答については、県企業局の質問も不明瞭なことに起因するものでもあるので、要請や照会は、事項を明確に特定した形でしなければならないことがわかる。しかし、日本政府、沖縄県に誠実な回答をしなければならないという米軍側の姿勢が見られないことも読み取れるであろう。

2は、嘉手納飛行場におけるPFOS使用状況についての回答であるが、一般的な情報提供に過ぎず、嘉手納基地での過去の使用に関する具体的な情報は「第18航空団はほとんどのPFOS含有水成膜泡消火薬剤を取り替えたところであり」という、取り替えた時期も使用の実態も何もわからない一文のみである。対策についても、「今後も、引き続き、残存するPFOS含有水成膜泡消火薬剤を非PFOS含有製品に取り替える作業を実施します。」と根拠となるデータも具体的な対策もない回答である。取り替えたPFOS含有製品が使用されないという保証もされていない。

3についても、「嘉手納飛行場は、水成膜消火薬剤といった製品については、業界の標準的な慣行に従って使用しています」など、具体性に欠ける回答をし、対策についても環境補足協定の一般的な原則を述べているにすぎない【3】。

【3】
「業界の標準的な慣行」について防衛省は確認していなかった。衆議院予算委員会第三分科会赤嶺政賢議員の質問への回答(平成28年2月25日)。

今回の件に特化した対策については何も述べられていない。

概して、県企業局の懸念を汲みとった真摯な回答とはいえないが、県企業局の照会が曖昧であることに起因する部分もあったといえる。

(4)沖縄防衛局から米軍への要請文書(2016.2.22)

ー 遅い対応、要請事項の弱まり【文書④】ー

【文書④】 防衛省提出資料 嘉手納PFOS防衛局から米軍への文書(E・J)20160222防衛局は、(3)の米軍回答を2月18日に県企業局に手交した。当日、県企業局から、「本件は、沖縄県民が日常的に口にする水の安全に係る問題であり、米側によるPFOS含有泡消火薬剤の使用や保管に関し懸念を払拭できない」旨の発言があったことを受け、ようやく、2月22日付で、「沖縄防衛局企画部次長 宮川均」を発信元とする米軍側への要請文書を提出している【4】。

【4】
赤嶺事務所によると、2月25日の国会答弁時点では、外務省は何のアクションもとっておらず、岸田外務大臣の答弁は防衛局の要請について説明したものとのことである。

しかし、沖縄防衛局の要請は、県企業局側の要請を弱めた要請文書となっている。立ち入りや、使用履歴照会とともに、「PFOSを使用している実態があれば、その使用を直ちに中止する」(下線は筆者)ことを、県企業局が要請しているにも関わらず、防衛局が要請したことは、①漏出した場合の封じ込め、②使用の抑制、③非含有製品への早期転換であり(「沖縄県が引き続きかかる懸念を持っていることを踏まえ、貴軍に対し、PFOS含有の可能性のある物質が漏出した場合の封じ込めの措置等の対策に一層万全を期すよう要請するとともに、PFOSを含有する泡消火薬剤の使用の可能な限りの抑制と、PFOSを含まない製品への早期の交換について一層の配慮をお願いいたします」)、米軍回答にある曖昧な対応の念押し程度のものに薄まってしまっている。県企業局の懸念や、「直ちに中止すること」という要請が、反映されていないことは問題である。

また、防衛局のこの要請文書の文書形式に着目すると、「沖防官◯◯号」のような文書番号が記載されていない。その理由については、赤嶺議員事務所の防衛省の聞き取りによると「2月17日付の米側回答がレター形式で提出されていることから、沖縄防衛局においても、内部通達に基づいて、文書番号を必要としない私文形式で作成・提出したもの。」との回答であった。その内部通達は防衛省の「起案の手引について」【5】という通達であり、「書簡文書の書式については、公文形式と私文形式があることが規定されている。

【5】

いずれも、防衛省としての文書であることに変わりはない」という説明が防衛省からなされたとのことであった。しかし、米軍回答はレター形式であるので、防衛局も私文形式となった、という説明は意味が不明である。まず、「レター形式」が何かが説明されていない。米軍側は文書を「覚書」としており、それを「レター形式」と説明しているのはなぜなのかわからない。また、米軍回答は県企業局要請を伝えたものに対しての回答書簡であるので、元々の起案側は日本である。起案側が日本にあったにも関わらず、文書の位置づけを、先方の米軍の回答に依拠することは筋がとおらない。

公文形式と私文形式についても、「起案の手引について」では私文形式の定義がない。これについては、沖縄側からの要望を米軍に伝える文書が、日本政府における行政文書としてどのように位置づけられているかとともに、今後の調査課題である。

英文に関しても、この文書も問題がある(後述)。

(5)沖縄県企業局から沖縄防衛局への要請文書(2016.2.22)

ー 具体的な要請【文書⑤】ー

【文書⑤】県企業局防衛への要請20160222(3)の回答が回答たりえていないため、県企業局は2月22日再度沖縄防衛局に要請文書を提出した。後述(6)の沖縄県副知事の嘉手納基地訪問後、県企業局が提出したとのことである。

この要請は(1)と比較すると、前回の県企業局の曖昧な質問による米軍回答の反省を踏まえ、具体的な要請となっており、①PFOS流出源特定のための嘉手納基地内のサンプル採取、②PFOS含有泡消火剤の使用状況、頻度、量、③泡消火剤以外のPFOS含有製品使用実態、廃液処理の実態、④PFOS含有の可能性のある物質漏出時(大工廻川で現に検出)の具体的対応、⑤日本側への通報がなかった理由の確認、⑥沖縄県と嘉手納基地の担当者レベルの協議会設置が要請されている。

(6)県副知事嘉手納基地訪問(2016.2.22)

ー 文書なき要請 ー

2月22日、安慶田光男県副知事が、平良敏昭県企業局長と嘉手納基地を訪問したことが報道されているが【6】、手交文書はなく、口頭で要請したということであった【7】。

【6】
「『軍人や軍属も飲む水だ』 沖縄県、浄水場汚染で米軍に協議会設置求める」(沖縄タイムス、2016年2月23日 http://www.okinawatimes.co.jp/article.php?id=155123)「フッ素化合物の流出源調査を 副知事が嘉手納基地に要請」(琉球新報、2016年2月22日http://ryukyushimpo.jp/news/entry-225981.html
【7】
県企業局に筆者が確認。

このような米軍との対面の機会に、書簡を持って、汚染源特定のための立ち入りの件などを具体的に要請することが、沖縄県のこの問題に関する懸念や取り組む姿勢を示すために重要であったと考える。その機会を逸したことは県の対応として検討する必要がある。

(7)沖縄防衛局から米軍への文書(2016.2.22付け)

ー 英訳を読み上げる防衛局【文書⑥】ー

【文書⑥】20160222 防衛省提出資料 嘉手納PFOS第2次県要請英訳文書 (English)2月22日付けの県企業局の要請については、赤嶺事務所によると、防衛局は、県企業局の要請の英訳文書を、翌23日に米側に要請文を読み上げて提出したとのことである(「沖縄防衛局の企画部次長が米側と面会し、要請文を読み上げて要請を行い、米側からは上司に伝え、対応したい旨の回答があった」)。「読み上げ」ることを、議員にわざわざ報告したことは誠実な対応をしたことを示したかったのか、その意図はわからないが、読み上げるよりは一つ一つの県企業局側の要請を説明を添えて、米軍に真摯に伝えたか否かが重要であろう。

この文書にも防衛局のカバーレターもなく、英文も同じく、稚拙な英文であり、(1)で指摘した問題が繰り返されている。

(8)嘉手納基地のアナウンスの問題

嘉手納基地は、この件に関して、1月24日に同基地ウェブサイトで案内を出した【8】。

この案内については、県企業局の発表内容との齟齬や、嘉手納基地が汚染源であることが明記されていないことなど、問題点を筆者が検証している【9】。

【9】
「浄水場汚染:米軍、一方的に『安全宣言』 沖縄県『合意ない』」(沖縄タイムス2016年1月28日 https://www.okinawatimes.co.jp/article.php?id=151585

水道水の安全性について「企業局と嘉手納基地の専門家が同意した」と記述したことに対し、1月29日、県企業局から嘉手納基地の案内について、防衛局に確認したところ、「双方の見解が一致している旨を記載した」という防衛局からの説明を受けたということである。

先の県企業局の要請に対する米軍回答がこの時点でまだなかったために、県企業局が進捗状況を防衛局に2月15日に確認した際、同時に嘉手納基地のアナウンスについての抗議を口頭で行ったとのことである【10】。

【10】
琉球新報(2016年2月25日)の記事には、「水質安全に同意、『事実無根』企業局長、米軍に抗議」という見出しがついているが、県企業局に確認したところ、沖縄防衛局に抗議の意を伝えたということである。

この件に関しては、県企業局側の案内と、米軍の案内がウェブサイトに公開されており、問題が明確に検証できるため、県企業局がはっきりと齟齬を主張し、県側のプレゼンスを示すためにも米軍に文書で抗議することが望ましかったと思われる。

3.考察

検証の結果、以下のような点が明らかになった。

(1)沖縄防衛局の英文の質の問題

英文に関しては、2の(1)の部分でも指摘しているが、質に関しては非常に低いことが、英語を母語としない筆者でも指摘できるほどである。

以前米軍に従事しており、現在は大学教授の米国人に一連の文書を読んでもらったところ、以下のような痛烈なコメントがあった。

「日本政府が自らの活動や計画やその他を支えるために 毎会計年度、国民や住民から個人収入の正確な申告を要求する一方、未解決問題の正確な詳細を在沖米軍に対して英語で示すことのできない政府職員の全くの無能さに、市民は驚き、怒りを禁じ得ないであろう。防衛局と嘉手納基地間の公式な回路で交わされた、沖縄県の立ち位置と要求の概要を示した最近の覚書[筆者注:防衛局による県企業局書簡の英訳]は、驚くべきほど、高レベルの無能さを露わにした。中央政府の政策を躊躇なく遂行していく際に示される防衛局の専門性全体を考えると、このような基本的なコミュニケーションへのあからさまな軽視や、沖縄県が理解される必要性へのあからさまな軽視はどう説明されるのであろうか?この書簡をテキスト分析すると、このような書簡を書いている人たちは、コミュニケーションの手段としての英語に全く注意を払っていなかった、あるいは、かろうじて意味のある英語の文となる表現が出る翻訳ソフトに(日本語の)テキストをいれていたことが示唆される。」

この文書をみて嘉手納基地の担当者はどう受けとめると思うか、という問いに対しては以下のようなコメントがなされた。

「元米軍人の立場からいうと、沖縄防衛局の幹部は全く無能であるか、あるいはこの問題に対する実際の沖縄県の姿勢を伝える気が全くない、ということをほぼ瞬時に結論づけることになると思う。沖縄防衛局によるほぼ意味をなさない文書は、日本政府の公的機関として、理解してもらえるかそして真剣に受け止めてもらえるかということに対する関心が全般的に欠如していることを表している」

事態改善に関しては、以下のような提案がなされている。

「もし沖縄防衛局が嘉手納基地高官と真にコミュニケーションを図ることを求めるのなら、防衛局は、明確で正確なコミュニケーションの可能性を高めるように、クロスカルチュラルコミュニケーションに関して助力してもらえるよう専門家を入れることを強く薦める。」

このように、元米軍人の目から見ても非常に問題のある英文文書であり、沖縄防衛局、防衛省のコミュニケーション能力の課題が明らかになったといえる。そして、それを沖縄防衛局は、カバーレターもつけず米軍に提出しているため、沖縄県が作成した英文の文書と米軍が受けとめる可能性もある。

(2)沖縄防衛局による県の要請の弱まり

(4)で指摘したように、県企業局からの要請が、防衛局から米軍に提出した文書では弱まっている。これでは、県企業局の意思を正確に伝えていることにならない。

日本政府が要請の仲介役として、適切に機能しているか、沖縄側の要請を実現させようと日本政府が真摯に対応しているか、という当初の問いをここで判断すると、むしろマイナス方向の役割を果たしているようにみえる。

(3)日本政府の中での3者における交換文書の位置づけが不明

検証の過程で、自治体からの日本政府への要請、それを受けての日本政府から米軍への照会、要請が、行政文書の中でどのような位置づけになるのか、不明瞭であることがわかった。政策過程、決定過程を検証するためにも重要な文書として位置づけられることが必要であると考えるが、これについては、今後の調査課題である。

結論としては、この事例からは、県企業局からの要請は正しく米軍に効果的に伝えられているとはいえず、防衛局は、要請の仲介役として、適切に機能していないといえよう。

また、防衛局の英語のコミュニケーション能力に関しても、問題があることもわかった。既存の要請のパターンの中でも、改善するべき余地があることも明らかになった。

4.提言

以上の検証を踏まえ、以下の提言をする。

1)日本政府に対して

(1)本件に関しての経緯説明を

防衛局は、どのような経緯や仕組みでこのような稚拙な英文を米軍に提出しているのか沖縄県、県民、国民に対して、説明するべきである。対外的な英文文書を、誰が作成しているのか、ネイティブスピーカーのチェックはどうしているのか、これまでもこのような文書を提出、送付していたのか等、国税で業務を執行している行政機関として、説明責任がある。

(2)沖縄県の要請の米軍への正確な伝達を

(1)の検証結果を踏まえ、沖縄側の要請を正確に米軍に伝えるシステム改善をするべきである。沖縄側の要請が達成されるコミュニケーションがされているかどうか検証できるように、各コミュニケーション過程を公開していくことを原則とすることも提言する。可視化されることにより、緊張感を持って沖縄側の意思を伝える任務が果たせると考える。

(3)交換文書の位置づけの明確化

沖縄県、日本政府、米国政府間の文書の日本政府内における位置づけが曖昧である。これに関しては、さらなる調査が必要である。地位協定の不備を示す事例でもあり、沖縄の意思を示す、今後の地位協定改正のための基礎資料であると考えられるので、重要度の高い文書として位置づけることを提言する。

2)沖縄県に対して

(1)要請後の沖縄側からのチェック

防衛局経由で要請をするならば、要請後にどのように自分たちの意思が米軍に伝えられているかチェックする体制をつくりあげるべきである。そうでなければ、今後も、今回のように質の低い英文で要請をされ、それが沖縄側の作成した文書であると認識され、要請内容も薄められる可能性が高い。これまでの筆者が行ってきた、環境問題に関しての沖縄県への聞き取りで、しばしば「日本政府との信頼関係で」という理由で日本政府への監視を避ける姿勢がみられた。しかし、その姿勢ではこのようなことが起こりえてしまうので、一定の緊張感が必要であると考える。

防衛局が独自に米軍側に出した文書で要請が弱まっている件についても、県企業局で承知しているかどうかは確認していないが、このようなことが起こらないように、関連文書の写しを防衛局は必ず県企業局に送付する取り決めをつくるなど、チェックする体制を作ることが必要であると考える。

(2)沖縄側からの直接の発信

防衛局を介せず、沖縄が直接英文文書を書き起こし、米軍に届けるシステムに転換することも検討すべきである。直接発信することにより、沖縄県側の主体性が示され、意思が強く伝わる可能性も高い。沖縄県は、日本政府の「頭越し」に米国への要求を伝える、ということに躊躇をする姿勢が見受けられるが、県知事も訪米して基地問題に訴える機会を設けていること、今回、副知事が嘉手納基地を訪問していることもあり、政策の一貫性に関する問題はないと考える。情報共有の必要性があるならば、防衛局には要請文書の写しを送るなど、連絡体制を構築すればよいと思われる。

立ち入りの件等で、米軍と交渉する素地をつくるためにも、沖縄県が恒常的な直接の発信をしていくことが重要である。また、英語の発信物や、やりとりを公開することにより、米軍基地被害や米軍の沖縄に対する対応を対外的に周知し、米軍にも緊張感を持たせられるのではないかと考えられる。

(3)米軍への要請文書の行政文書、公文書としての位置づけの確認

3の(3)の問題に関してはこれまでの米軍への文書の位置づけを、沖縄県、各市町村が独自に日本政府に照会することを提案する。その上で今後は、米軍への要請文書がどのように扱われるかを確認し、政策過程、交渉過程を検証できる文書として扱われるものとして双方で認識することが必要であると考える。

文書に関しての考え方は、沖縄県の認識が弱いことは否めないだろう。これまでも、翁長雄志県知事が英語の文書を米国政府向けに発信しない問題が指摘されており【11】、文書を軽視する傾向にある。今回の安慶田副知事の嘉手納基地訪問時も文書なしでの交渉となっており、同様の傾向が見られる。国際社会、特に米国では文書を重視する社会であること、文書による交渉が重要であることを認識するためにも、今回の件をきっかけにした沖縄県庁内での文書の位置づけの検証、確認作業が必要であろう。

【11】
吉川秀樹「知事訪米に思う」(上・下)(2015年7月8、9日、沖縄タイムス)。

5.むすびに

本レポートにより、沖縄県からの米軍への要請は、その過程に上述のような大きな問題があることが明らかになった。これまでのような要請を重ねても、米軍の姿勢が変わることは期待できず、むしろ沖縄県が無能力に見えてしまう可能性も見える。このような状況では、日本政府も沖縄県も米軍に「手強い交渉相手」と認識されていない状態であることは否めない。ここから、体制を変えていかなければ、基地被害の日米政府の対応は変化することはないだろう。

日米地位協定改正に関しても、現状のままでは、沖縄側の意思や、現行制度の不備について正確に米国に伝わらないため、実現に向けての壁は高いままとなる。この壁を突き動かすためには沖縄側の意思を正確に伝えるシステムを構築し、一つ一つの事例で交渉し、実をとり、それらを前例として積み上げていくことが必要であろう。

まずは、コミュニケーションの過程を公開し、可視化していくことにより、日米政府も緊張感を持ち、質の高い交渉をせざるをえないような環境を沖縄側が構築していくことが必要である。沖縄県、各市町村、議会、県民は、「日本政府に要請して終わり」ではなく、それは実をとるための交渉の始まりである、という認識が求められているのではないかと考える。市民の安全を守るためにも、また、米軍の倫理観・責任感の欠如を正していくためにも、現実に展開していく事例の中で、そのような姿勢が求められるといえよう。

このPFOS汚染の件は、嘉手納基地が汚染源の可能性が高いことが指摘されていること、また、ここまでの交渉過程が明らかになっていることからも、日本政府、米国政府の改善がどのように行われていくか、今後、検証しうる事例であるため、市民は引き続き注視していく必要がある。また、今後、政府文書としての位置づけに関しても今後、確認していく予定である。

米軍基地問題解決のため、効果のある意思表示や交渉とは何かを議論する一つの材料として本レポートを用いてもらえれば幸いである。

本レポートの内容や意見はすべて執筆者個人に属し、調査協力した議員やスタップの公式見解を示すものではない。
謝辞

本調査は、赤嶺政賢国会議員による文書入手、聞き取りにより可能となった。問題を追求していただいた議員とスタッフの皆様の協力に深く感謝する。

また、英文に関する部分では吉川秀樹氏(沖縄・生物多様性市民ネットワーク共同代表)の助言に感謝する。

参照

PFOSに関する沖縄県企業局、日本政府(沖縄防衛局)、米軍(嘉手納基地)との要請・回答

年月日 要請・回答など レポート中該当文書
2016.1.21 沖縄県企業局から沖縄防衛局に文書提出(和文) 文書①
  沖縄防衛局から米側へメールで送付。(沖縄防衛局企画部地方調整課環境対策官から嘉手納基地内第718施設中隊施設管理部長宛)(英文) 文書②
1.22 沖縄防衛局企画部長次長と同環境対策官が嘉手納米軍に持参して説明。局側からは速やかな回答を求め、米軍は検討すると回答。  
1.24 嘉手納米軍基地ウェブサイトで基地内へ案内  
1.29 企業局から防衛局へ嘉手納基地のアナウンスについての確認(口頭)。「単に意見が一致しただけ」という防衛局からの説明を受ける。  
2.15 企業局長が進捗状況を防衛局に確認。嘉手納アナウンスについての抗議(口頭)。  
2.17 米軍から沖縄防衛局宛回答(英文)(沖縄防衛局への覚書) 文書③
2.18 沖縄防衛局から企業局へ米軍回答を伝える  
2.19 (赤嶺事務所から聞き取り)  
2.22 沖縄防衛局から嘉手納基地へ要請文書提出(英文) 文書④
2.22 企業局から沖縄防衛局へ米軍への照会要請文書(和文)
沖縄県副知事 嘉手納へ直接訪問し、要請(口頭)
文書⑤
2.23 沖縄防衛局から米軍へ文書 (英文)
2月22日付の県企業局の要請の英訳文書を、米側に提出。沖縄防衛局企画部次長が米側と面会し、要請文を読み上げて要請を行い、米側からは上司に伝え、対応したい旨の回答。
文書⑥
2.25 衆議院予算委員会第三分科会赤嶺政賢委員質問