「オミクロンは軽症」言説をつくった沖縄県のコロナ政策(意見書)

沖縄県は、2023年3月10日、把握漏れしていた、新型コロナウイルス感染症による死亡者75人を発表し、死亡者の把握漏れが県の感染対策に影響した可能性を否定する報道がありました。

これは沖縄県の情報やデータに対する認識についての象徴的なこととみなし、沖縄県へ意見書を提出しましたので、ここに公開します。

意見書では2点を主張しました。

1点目は、沖縄県の報告遅れによる不正確な死亡者数によって、専門家が算出した「致死率」により「オミクロンは軽症」言説を構築する一因となったことです。2022年1月のオミクロン株の性質の把握が求められていた時期、実際は22人が亡くなっていた時点(1月30日)に1人のみの死亡報告で「致死率」を計算したものが全国メディアで「オミクロンシフト」への提言として報道され、「オミクロンは軽症」の言説が流布していきました。「致死率」での議論自体も疑問が持たれていますが、県のデータが全国的に影響を与える結果になったと考えられます。把握漏れの75人中、4人はこの1月の死亡者でした。正確なデータの提供の必要性、情報による個人や社会の行動変容の可能性を認識していただきたいと思います。


2点目は、医療・介護の現場と一般社会が分裂し2つの世界が存在していたことを保健医療部長糸数公氏が国会証言で指摘していますが、沖縄の場合、その2つをつなぐはずの情報が欠落したことにより、現場と社会間にギャップを生じさせたのではないか、という問題提起です。『沖縄県医療非常事態宣言』(2022年7月21日~9月29日)が発出された7月には102人が亡くなっていますが、7月中に報告されたのは6人のみでした。現場のアンケートや声を拾い、問題提起をしています。
また、今回の把握漏れの75人中、7月は9人、8月は30人、9月は9人と7波に占める人数も少なくありません。

こうして事例研究をたどってみると、政府の「平常化」への方向性の舵取りはオミクロン株の出現時に本格化したと思われます。それに沖縄県が意識的にか無意識的にかわかりませんが、加担していったことがよくわかります。

沖縄県に提出した文書は以下の3文書です。
①意見書送付文 
 「新型コロナウイルス感染症のデータや情報に対する沖縄県の認識について」

②The Informed-Public Project とTwitterにおける県民有志による検証 (2)「新型コロナウイルス感染症のデータや情報に対する沖縄県の認識について(意見書)」(2023.3.29)

③「コロナ「第7波」(7月~8月)における県内病院・介護福祉施設の影響調査 第7波では病院も施設もマンパワー不足で逼迫」『沖縄保険医新聞』第310号(2023年1月15日)

この文書を沖縄県知事、保健医療部長、感染対策統括監、専門家会議座長に2023年3月29日付けで送付しました。

以下、意見書です。

2023年3月29日 

The Informed-Public Project&Twitter 有志による沖縄県新型コロナ対策検証(2)

意見書
新型コロナウイルス感染症のデータや情報に対する
沖縄県の認識について

 

The Informed-Public Project 代表
   河村 雅美

1.背景


沖縄県は、2023年3月10日、把握漏れしていた、新型コロナウイルス感染症による死亡者75人を発表した。新型コロナウイルスに感染し、2021年8月から22年12月に死亡した40歳以上の男女75人について、公表漏れがあったことを明らかにし、75人を追加計上した。2月に感染者431人の把握漏れが発覚したことを受けて、各保健所や医療機関に呼びかけて調べたところ、21年8月22日から22年12月16日に亡くなった計75人が公表されていなかったことを確認したという。把握もれの原因としては、沖縄タイムスによれば、「新規感染が急増した22年7~8月を中心に、県の対策本部や各保健所で業務が逼迫(ひっぱく)して死亡の報告を見落としたり、情報共有がされていなかったりしたほか、医療機関が報告対象として認識していなかった事例などもあった」との説明があったとのことである。

これに対し、「県の宮里義久感染対策統括監は、死亡者の把握漏れが県の感染対策に影響した可能性は否定した」という。また、「今後は県と保健所の連絡体制や情報共有を速やかにしたい」と述べた(沖縄タイムス 2023年3月11日)。

この県の発言は、沖縄県の感染症のデータや情報についての認識の象徴ではないかと考える。
インフォームド・パブリック・プロジェクト(IPP)は、「検証ノート:沖縄県の死亡者とクラスター報告遅延問題」で、データの遅延がどのような影響があるかを述べた[1]。今回の把握漏れは結果的にデータの遅延につながっていることからも、影響した可能性を否定することはできないだろう。また、データの信頼性を損なわせていること自体、県民からの信頼という意味で感染対策に影響しているといえる。

沖縄県には、データや情報の問題の重要性について、具体的に認識してもらいたいため、以下の2点を軸にして意見を述べる。
1点目は、沖縄県の報告遅れによる不正確な死亡者数で専門家が算出した「致死率」により「オミクロンは軽症」言説がつくられたことである。2022年1月のオミクロン株の性質の把握で、県の専門家にも正確な情報が伝えられていなかった沖縄県の死者数の数字が、低い致死率と計算され、全国メディアに流布した事例を記述する。
2点目は、医療・介護の現場と一般社会が分裂していたことを、保健医療部長が参考人として国会で証言しているが、沖縄の場合、その2つをつなぐはずの情報が欠落していたことにより、そのギャップを生じさせたのではないか、という問題提起をする。特に7波の『沖縄県医療非常事態宣言』(2022年7月21日~9月29日)を対象とする。

2.検証事例


1)死亡者数・「致死率」・「オミクロンは軽症」(第6波) 

死亡者の把握漏れは、リアルタイムでの報告がなされないということにつながる。それがどのように政策に、社会に影響するか、データがどのように用いられたかを検証する。

ここでは、2022年1月から2月のオミクロン株対策の初期に着目する。2022年1月はオミクロン株が沖縄に移入して感染が拡大した月であり、全国的にもオミクロン株の性質について究明が急がれていた時期であった。

そのような時期に、2022年1月の沖縄の死亡者数は、オミクロン株が軽症であることを印象づけ、緩和の方向に舵を切る「オミクロンシフト」(2022年1月30日 Mr.サンデー)の提言に用いる致死率の計算のために用いられていった。3月10日に発表された把握漏れの死者75人中、2022年1月の死亡者も4人含まれていた。

①沖縄県新型コロナウイルス専門家会議(2022年1月26日)


2022年1月26日の専門家会議で当時の専門家会議座長の琉球大学藤田二郎医師が「呼吸器・感染症を学ぶ-新型コロナウイルス感染症を学ぶ-」という講話を行っており、オミクロン株の特徴(症状、潜伏期間等)を、デルタ株、インフルエンザと比較している[2]

講話で用いたスライド資料では[3]、「生命予後の比較(沖縄県)」【図1】で、オミクロン株以前(第5波)までを0.8%、オミクロン株(第6波)0.004%と算出している。用いられている死者数は1人であり、1月22日発表の1人と考えられる。

【図2】は、座長資料の中にある、沖縄県のデータを国立感染症研究所が解析した別表である。ここでは、致死率は「不明(沖縄では1/27000)、ただしオミクロンかデルタかは不明」と書かれている。【図1】と違い、オミクロン株による致死率とは断定していない。ここで差異が生じた経緯は不明である。

しかし、会議時の1月26日の時点での死者は実際には11人であり、オミクロン株と想定すると11/27000で、0.04%の致死率となり、専門家会議の座長講話で用いた数字とは一桁違うこととなる。

ただし、そもそも軽症であるという結論を、致死率で結論づけることには問題があるといわれている。

ここで使われている致死率は、症例致死率(CRF=Case fatality rate)であるが、ここでは感染者致死率(IFR=Infection Fatality Rate)を用いるべきである[4]。CRFは①実際のリスクを過大(過小)評価することがあること、②CFRは検査体制、報告システム、感染状況などによって変動するため、感染症の致死率を比較する際には、同じ国や地域、時期のデータを用いるべきであり、インフルエンザ等、他の疾病との比較には不適当であるといわれている。

このCFRを用いて、この先議論をすることは適切でないが、ここでは実際の数字と、把握漏れや報告遅延によって発表、発信されている数字とが、いかに乖離しているかを示すために、藤田座長の用いたCFRの「致死率」を用いていくこととする。

藤田座長は「沖縄県というコンパクトな県で、感染研が入り様々な疫学調査ができたから潜伏期間が分かり、ウイルスの排出のピークが発症後3日から6日であるということも分かった。致死率は症例数から分かるが、これは沖縄でないと出せないデータだと思う。このデータをもとに、日本の他の県を助けに行くという発想がいるだろう」と述べている[5]。この言葉のとおり、沖縄県の致死率は全国放送のニュース番組により、流通されていく。

②全国TVでの沖縄の「致死率」の流通=「オミクロンは軽症」(2022年1~2月)


2022年1月30日のMr.サンデーでは、沖縄の死者1人、感染者2万9000人をもとにした数字を用いて、オミクロン株は約0.003%と低く、インフルエンザの0.1%の致死率以下であると藤田氏は述べている【図3】。この時期に沖縄で発表されている死者数は1名であったので、藤田氏はこれを用いたと思われる。しかし、1月30日には、実際には22人が亡くなっていたので、オミクロン株と推定した場合、致死率は0.06%となる。

【図3】Mr.サンデーでの説明資料

当時のSNSなどをみると、これによりオミクロンは軽症である/すむと反応する人たちも見受けられた。実際に、行動制限の緩和のための「オミクロンシフト」の雰囲気が醸成される一つの要素となったと考えられる。

その後、2月5日のサタデーステーションでは、9名の死亡者で致死率は0.02%と発信し、7名が90歳以上の方であると説明している。2月13日のMr. サンデーでは4万人が感染し、20名が死亡しているので致死率が0.05%であるが、7割を90歳以上が占め、60歳以下は1 人も亡くなっていないと説明している[6]。実際は36名が死亡し、致死率は0.09%であった【表1】。

沖縄の問題だけでなく、リアルタイムで報告しなければ、全国レベルでも、正しい統計がとれず、感染の予測等に影響もでてきたことも推測できる。

2)医療・介護領域と一般社会の「2つの世界」


2022年11月1日、沖縄県保健医療部部長糸数公氏は衆議院厚生労働委員会で、参考人として沖縄県の新型コロナ対策の証言を行った[7]。その中に、以下のような証言があった。

「今年に入って沖縄県の専門家会議委員の医療従事者から次のような指摘がありました。現在コロナに関して2つの世界があり、一般社会では行動制限や感染の封じ込めもなくなり、ウイズコロナといって自由になりつつあるが、医療と介護は相変わらずゼロコロナを目指して1例出たら陽性者を探索して封じ込めている。もちろん飲み会もできない。自分達は両方を行き来してそのギャップに心が折れそうになっており、この2年半の中で今が最も辛いと。」(ゴシックは引用者)。

この「2つの世界」については、沖縄に限った問題ではない。しかし、医療・福祉現場からの声を聞くと、この分裂は、沖縄の場合、情報の欠落によって生まれているのではないかと、考えられる。 

例えば、沖縄県保険医協会の「第7波」における県内病院・介護福祉施設の影響調査[8]では、現場の従事者から、以下のような意見があった。

“(沖縄県・国に対してのご意見・ご要望(抜粋))
○感染が拡大するまえにメディアを活用して啓発をもっと行ってください。拡大してからでは遅い。医療や介護施設だけが年中緊迫し世の中と温度差がある。
(自由意見(抜粋))
○感染対策で、一般企業と医療福祉業界での大きな違いがあるのが、医療現場や福祉施設で勤務している職員への大きなストレスとなっている気がする。国の感染対策の方針で、経済をまわすことは必要なことだし、止めることはできないのは承知している。医療・福祉現場での感染対策の実際を発信しながらの感染予防対策の周知方法があれば、医療福祉現場で務めている職員への理解にもつながるのではないかと思う。”
太字は引用者)

「世の中と温度差」や「職員への理解」の言葉からも、「2つの世界」が存在していることが示唆されているが、その解決方法を「メディアを活用しての啓発」や「医療・福祉現場での感染対策の実際を発信しながらの感染予防対策の周知方法」というように、一般の世界への情報提供を提言している。つまり、現場と一般社会をつなぐはずの情報の欠落が「2つの世界」を作ってしまっているということではないかと考えられる。

医療者や社会福祉施設での従事者によれば、現場で直面している現実、実感、データにより、現場からの発信をしたくても、死亡者、クラスターの数字がリアルタイムで県から発表されないと、裏付けとなる公的なデータがないために、呼びかけや発信ができないという。現場は、現場での実感やデータ、職場と同領域の、および各地域のデータを見て対策を考え、できうる範囲で可能な限りの情報発信や注意喚起をしていくことを試みようとしている。しかし、公のデータや情報がなければ、信頼性に欠けるとみなされる恐れがあり、情報共有も発信もできないというジレンマに悩まされているという。
感染が拡大し、医療逼迫が起こり、「沖縄県医療非常事態宣言」を発出した2022年の7月は102人が亡くなっているが、7月中の発表は6人のみであった(8月57人、9月13人、10月14人、11月1人、1月2人)。2022年8月は199人が亡くなっているが、8月中の発表は50人である(9月86人、10月17人、11月8人、12月4人、1月1人、2月3人、3月30人)。2023年3月10日に発表された把握漏れ75人中7月は9人、8月は30人が含まれている。

現場で起きていることをリアルタイムで報告されないことが、危機を共有できず、2つの世界の分裂につながる一因になった可能性はあるのではないか。 

3.むすびにかえて


このように、不正確なデータから独り歩きした「致死率」の事例でも、「2つの世界」の分裂にしても、死亡者の把握漏れや、報告遅延、情報提供の欠如は、「県の感染対策に影響した可能性」を容易に否定できないものであると考える。
正確でタイムリーな情報は、公衆衛生の政策づくりの土台であり、市民との信頼関係に必要な透明性を担保するためにも欠かせないものである。
一連の報告遅れ等に加え、影響の可能性を容易に否定する県の姿勢は、県民や従事者からの信頼を失うこととなる。

この問題は「今後は県と保健所の連絡体制や情報共有を速やかにしたい」というレベルで解決できるものではない。県と保健所だけではなく、社会全体を考えたコミュニケーションの体制を考えるべきである。

いま一度、上述の感染症対策を自らも検証し、命の重さ、命を扱ったデータの重さを認識し、情報の社会的な意味について考えていくことが沖縄県は必要である。

[謝辞]本ノートの死亡者のデータは源河信之氏によるものです。データ整理について心から感謝します。また、Twitter内外の医療関係者や専門家、市民の方々からの助言にも深く感謝いたします。

意見書に関する連絡先:
The Informed-Public Project
代表 河村雅美
director@ipp.okinawa

[1] 「沖縄県新型コロナウイルス:死者・クラスター報告遅延問題」(沖縄県には2023年1月11日付けで文書を提出してある。IPPウェブサイト参照(https://ipp.okinawa/2023/01/18/okinawacovid19-review1/
[2] “3 座長講話 ア 「呼吸器・感染症を学ぶ-新型コロナウイルス感染症を学ぶ-」について藤田座長から説明“2022年1月26日第10回沖縄県新型コロナウイルス感染症対策専門家会議議事概要(https://www.pref.okinawa.jp/site/hoken/kansen/sidou/documents/20220126gizigaiyou.pdf 2023年3月25日アクセス)。
[3] 2022年1月26日の第10回沖縄県新型コロナウイルス感染症対策専門家会議資料1(https://www.pref.okinawa.jp/site/hoken/kansen/sidou/senmonkakaigi.html 2023年3月25日アクセス)。[4] 川端裕人「新型コロナの厄介さと怖さを知る:2つの致命割合CFRとIFRとは」ナショナル・ジオグラフィック「読み解き方を聞いてみた 新型コロナ、本当のこと」(研究者 中澤港 神戸大学の解説記事)(https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/web/19/050800015/051100003/?P=1 2023年3 月26日アクセス)参照。 
[5] 第10回沖縄県新型コロナウイルス感染症対策専門家会議 議事概要(https://www.pref.okinawa.jp/site/hoken/kansen/sidou/documents/20220126gizigaiyou.pdf 2023年3月26日アクセス)
[6]「『軽症なのに』亡くなる…“第6波”死者の実態 『直接の死因』コロナではない?」(Mr.サンデー)(FNNプライム、2022年2月14日、https://www.fnn.jp/articles/-/314990 2023年3月26日アクセス)
[7]  沖縄県情報開示請求により入手した「読み上げ文」より引用。
[8] 「コロナ「第7波」(7月~8月)における県内病院・介護福祉施設の影響調査 第7波では病院も施設もマンパワー不足で逼迫」『沖縄保険医新聞』第310号(2023年1月15日)。

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