IPPは、国と沖縄県の新型コロナウイルス感染症政策における、透明性や説明責任についての監視活動や政策提言をしてきました。
その結果、専門家会議がメディアにはオープンとなり、発言者が誰かわかるような、これまでより詳細な議事概要が作られ、使用資料も作成者の名前とともに公開されるようになりました。また、それまで不明確であった疫学・統計解析委員会の位置づけも明確になりました。
今回、IPPは、沖縄県に2つの重要な報告遅延があることを問題とし、市民有志と共同で調査検証を行い、県に提言書を提出しました。
沖縄県は、死者とクラスターについて、リアルタイムで報告されないことが常態化しているという問題が、Twitterで、県内外から長らく指摘されていたのです。
IPPでは、昨年の5波後、メディアとの勉強会で専門家とともに、遅延に関しては問題化する必要があると指摘していましたが、結局指摘するメディアはなく、県の発表をそのまま報道していました。
そこで、県民のTwitterの有志と6波と7波の実態を調査し、専門家や医療者に助言を得ながら、検証ノートとしてまとめ、沖縄県知事に2023年1月11日づけで送付しました。知事への文書はこちら(写しを保健医療部長、専門家会議座長に送付。疫学・統計解析委員会は委員長をおいていないということでした)です。
1月19日にはメディアにもリリースしました。
データや情報というものが、何を意味しているのか、公衆衛生からの側面から考えて提言を書きました。
公衆衛生とは、「組織化された地域社会の努力により疾病を予防し、寿命を延長し、健康と効率の増進をはかる科学であり、技術」(Charles-Edward.A.Winslow)です 。
感染症は、新型コロナウイルス感染症だけで終わる可能性はありませんし、沖縄県民は、健康の面でも懸念材料が多い地域です。今後、行政と市民がどのように情報の意味を考えながらそれを活用し、共有の技術を鍛え、公衆衛生の面から地域社会の健康を考えていくのかにも、レポートが役立つものとなることを望んでいます。
それはThe Informed-Public Project–知る力を育む、という私達のプロジェクトの目的に適うものなのです。
以下はその検証ノートです(PDF版はこちら)。
2023.1.11
The Informed-Public Project&Twitter 有志による沖縄県新型コロナ対策検証(1)
検証ノート
沖縄県の死亡者とクラスター報告遅延問題
The Informed-Public Project 代表 河村 雅美
1.調査のきっかけ
昨年2021年の5波から、沖縄県のコロナ関係の報告が遅延していることがSNS(Twitter)で県内外から(専門家も含む)指摘されてきた。沖縄県の統計の信頼性に疑義が持たれている状態であり、報告遅延について市民による調査・検証を実施した。
2.データ報告遅延問題
1)死亡者報告遅延問題
①遅延の度合い
指摘されているひとつの問題は死亡報告の問題である。
・死亡者についての情報は、県民はメディアと県の発表を通して入手が可能だが、メディアを通して情報入手している県民が多数だと予想される。死亡者報告は、当日の陽性者数の報告とともに、死亡者について沖縄県がメディアにブリーフィングし、それを各メディアがウェブサイトやSNS等で速報として伝え、ニュースや紙上で報道するのが通常の報告方法となっている。しかし、記事では死亡の時期については触れられていないことも多い。県の発表をウェブサイトで確認すると、そこで初めて死亡日や詳細がわかるという状態であり、何ヶ月も遅れての報告もされているのが現状である[1]。
・そこで、Twitterのコロナ関係ウォッチャーの有志の県民、源河伸之氏が、PDFで発表されている沖縄県の死亡者報告のファイルをひとつひとつ開け、エクセルで発表日と死亡日を入力し、遅延の度合いを検証した。期間は2022年1月1日から11月7日までの、第6波から7波の検証である。
・遅延の検証の結果は、死亡日から発表日まで最短4日、最長178日、平均30日であった。 他県では、ここまでの遅れはない。例えば、感染が拡大していた11月の北海道でも死亡者はほぼリアルタイムで報告、発表されていた。11月の場合、最短で翌日の報告、最長で9日の遅れであった[2]。
・沖縄県の第6波は、1月下旬から2月中旬、7波は7月下旬から8月中旬に死亡者が増えているが、その時期にリアルタイムの発表はされていなかった[参照 図1]。
[図1]沖縄県の 死亡者数と発表者数・・・・・Twitter 有志による作成② なぜリアルタイムの報告でなければならないのか:最大で最後のアウトカムである「死亡」
・疾病において、死亡は最も重い最終の事実であり、医療対応のアウトカム(結果)であるがゆえに重要視する必要がある。特に、パンデミック時には、最終的に報告すればよいという性格のものではない。状況把握のために、リアルタイムで報告する必要がある。医療逼迫による医療介入不足の影響だけでなく、病原性の強い、あるいは治療薬が効きにくいなどの注意すべき、新たな変異株の出現などの状況を、迅速に把握するためにも、リアルタイムで報告する必要がある。
感染のピークから死亡のピークまでの期間は特に重要で、治療状況や医療状況(医療崩壊)を示すこととなる。
この報告が遅延するという事自体、上記の状況を見えなくしてしまう/隠してしまうこととなる。現場の医療者がリアルタイムで全県的な状態を把握することも必要であるし、全国的にも沖縄県の状態がどのような状態であるかを把握するひとつの指標でもある。また、市民の行動規範にも影響を与える情報ともなる。
・沖縄県は、感染者数の多さによる保健所業務の逼迫と、遺族への公表部分を確認する過程に時間がかかることを報告の遅れの理由として説明している。しかし、「死亡」の数字の重要性について認識しなおし、特化した報告回路をつくるなど、リアルタイムで報告できる対策をたて、陽性者数とのダブルカーブをみられるようにすることが必要である。
③施設内死亡者状況は把握せず
・また、IPPは高齢者施設での施設内療養者の存在から、福祉施設の負担の状況を把握するために、社会福祉施設における死亡者についての開示請求をした。しかし、沖縄県では感染経路別での死亡者数は集計しているが、療養場所別での死亡者数は、保健医療部感染症総務課では把握していないため、文書不作成のための不開示となった[3]。これは、福祉領域での医療負担、および医療対応の最大のアウトカムの「死亡」について、把握、検証する姿勢が欠如しているのではないかと考えられる。これについても、検証、改善が必要であろう。ちなみに、大阪府では、「クラスターの発生状況及び施設クラスターにおける施設内での死亡者等の状況」を毎週水曜日に公開している[4]。
2) クラスター発生報告遅延問題
① 遅延の度合い
2つめの報告遅延問題は、クラスター発生報告である。
・クラスターもリアルタイムで報告されていない。クラスターは県からメディアへの毎日の陽性者数のブリーフィングで発表され、報道される。しかし、クラスターも報告が遅延しており、報道では発生時期を示さないことも多い。公開資料は、新型コロナウイルス感染症対策本部会議の資料の中にクラスター発生状況の一覧表があがっているが、他の資料とまとめて「資料1」「資料2」といったフォルダの中にあがっており、県民はそれを開かなければ何が資料になっているのかもわからない[5]。
・報告遅延の例を挙げると、
-2022年10月発表分のクラスター発生状況の月別内訳は、4月分6件、5月分10件、6月分12件、7月分31件、8月分33件、9月分6件、10月分2件であった。
–同11月発表分の月別の内訳は、1月分8件、2月分13件、3月分8件、4月分31件、5月分40件、6月分38件、7月分72件、8月分89件、9月分7件、10月分12件であり、11月3件の計321件であった。6波の、それも1月のクラスターまでも11月に発表されており、そのうち11月30日の会議で268件が一気に報告されている[6]。
・県の統括情報部の作成するクラスター発生状況表は、初発例発生日、最終発生日のみで、確定日や発表日も明記されていない。発生施設名も、県立病院を除いては公表されておらず、発生日が空欄のケースもあり、資料としても欠落している部分がある。
(開示請求で出された6,7波のクラスターの文書。前年の5波のクラスターには赤い斜線が入って開示され、遅延の様子がよりわかる。発生日などが欠けている箇所もある)
② なぜリアルタイムの報告でなければならないのか
・クラスター発生状況は、重点的に対策をとるべき場所を把握するのに役立ち、変異株の特徴を分析する手がかりとなる、感染の状況を把握する情報である。また、市民が感染状況を認識する手段でもあるので、これもまた、最終的に報告すればよい、という情報ではない。病院や高齢者施設でのクラスター発生は、直接死亡者を増やすこともあり、死亡関連指標としての価値が高く、リアルタイムの発表、報告が必要である。
・他県では、リアルタイムで施設名と対応などとともに具体的な公表があり、報道もされている[7]。対策本部会議にあわせてのタイミングでの会議資料内での発表方式や、公表部分も検討・改良の余地がある。
・沖縄県ではオミクロン株になってから、高リスク者優先、疫学調査の簡略化の方針からか、保育園、学校、飲食などのクラスターが報告から消え、ほぼ県立病院と社会福祉施設のみになっている。これも他県では、学校などのクラスターが把握でき、公表していることを鑑みて、沖縄県の把握能力、公表に対する市民側の姿勢などの検証をする必要もあるのではないかと考える。
③透明性の問題
・これまでの報告をみると、 地域別な偏りも多くみられる。感染者が多かったはずの中部保健所管内、中部地域のクラスターがほとんど発表されず、11月の発表分では、中部の浦添市のクラスターの報告のみである。それについても、検証や説明が必要であると考えられる。
・また、疫学・統計解析委員会で不定期にクラスターが報告されることもある。急性期病院が自施設で対応できているために、クラスターとカウントされていない事例があることが、同委員会の週報で報告されている(「急性期病院の多くが自施設で対応できているため集団感染が把握されておらず、この集計に含まれていないことに留意が必要ですが、精神および慢性期の病床において集団感染の規模が大きくなる傾向があり、急性期では職員数が多いこともあり感染者数も増加しています。」(沖縄県疫学・統計解析委員会 「沖縄県新型コロナウイルス感染症発生動向報告」令和4年9月27日))。自施設で対応できていることが沖縄県全体としてのクラスター発生状況にカウントされない理由にはならないし、統計上も正確さに欠けることになる。病院のクラスターの状況を把握しているならば、量的に正確な分析をするべきである。
・沖縄県は、クラスター関係で情報の不透明さをこれまで2度指摘されている。クラスターの過小発表・非公開クラスターの分類後付け問題(「『知事がポロッと』で発覚 沖縄クラスター数を過少発表 事実と違う発信を続けた県の“言い訳”」(沖縄タイムス 2021年1月10日)と、2021年の中部病院クラスター発表「遅れ」問題)である。このような経緯もあり、県は透明性の保持に関しては意識し、市民の信頼を得る必要がある。
3) 分析・提言:県はパンデミック下の「情報」とは何かを考え現状改善を
・重要なデータが2つも遅延報告されていることは問題である。
沖縄県はデータや「情報」が官僚的な報告事項として認識されているのではないか。また、死亡者数、死亡関連情報としても意味のあるクラスター発生状況を疫学的な意味から理解していないために、リアルタイムの報告がされていないのではないか。2つのデータの遅滞は、人の死が軽視されているのではないか、と考えざるをえない状況や県への不信を助長しているといえよう。この状態は直ちに改善されるべきである。
・情報の共有方法についても、より検討が必要である。公衆衛生部門と、専門家会議、医師会だけでなく、あまねく医療従事者と情報共有することも重要であるし、公衆衛生部門からコミュニティへの情報提供も必要である。広義のケアーを担う福祉、教育、保育の現場や、市民が感染状態を認識し、感染対策行動に結びつけるような情報提供をすることも、重要な感染対策である。そのためにもリアルタイムな報告をわかりやすい方法で公開すること、またオープンデータで第3者が分析検証しやすい形にすることも必要である。
・全数把握見直しにより、感染状況把握ができにくくなっている現状を地域で補う手段を、この機会に検討することも必要である。沖縄県の「第6波から第7波まで(R4.1月〜R4.9月)における県の取組と次の流行に向けた対策について」(令和4年11月30日 沖縄県新型コロナウイルス感染症対策本部総括情報部)の「Ⅲ−4.その他の対策」で、判断基準等の整備の部分でも述べられているが、基準の面からだけでなく、医療・福祉・教育・保育等の現場の需要や、県民への情報提供の面からも検討する必要がある。県が実施している内閣官房の下水サーベイランスの結果等も公表し、感染予測の面から活用を考えていく必要がある。
また、上記文書では「Ⅱ-3.情報発信」の振り返りがあるが、媒体別で何をしたかということだけで、発信すべき「情報」が何か、という情報に関する本質的な問いがないままに、量的評価がされている。
情報とは何かを本質的な部分から考え、そこから発信手段をアウトリーチのために工夫すべきである。
・メディアも、行政の報告をただ報道するだけではなく、他県や国内、諸外国の状況などをウォッチし、重なりゆく「数字」が何を意味するのかを考え、常に県政への監視の目を怠らずに対応していく必要がある。
本ノートに関して、Twitter内外の医療関係者や専門家、市民の方々からの助言に感謝いたします。
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この件に関する連絡先: The Informed-Public Project 代表 河村 雅美: director@ipp.okinawa
[1] 新型コロナウイルスに関連した患者の死亡について(沖縄県)https://www.pref.okinawa.lg.jp/site/hoken/kansen/soumu/press/20200416_covid19_pr.html
[2] 北海道HP「新型コロナ:道内の発生状況」https://www.pref.hokkaido.lg.jp/hf/kst/kak/hasseijoukyou.html
[3] 保感第379-2号「公文書の不存在による不開示決定通知書」(令和4年11月14日)
[4] 「新型コロナウイルス感染症患者の発生および患者の死亡について」(令和4年11月24日 大阪府健康医療部保健医療室感染症対策企画課) htps://www.pref.osaka.lg.jp/attach/23711/00376069/1124.pdf
[5] 沖縄県新型コロナウイルス感染症対策本部会議のサイトに各回の会議資料があげられている。https://www.pref.okinawa.jp/site/hoken/kansen/soumu/covid19honbu.html
[6] 県の11月分の発表のうち県がNo.897〜902を重複してカウントしているため総数にずれが生じていると考えられる。
[7] 一例として鳥取県「新型コロナウイルス感染症特設サイト クラスター事案」https://www.pref.tottori.lg.jp/291676.htm