沖縄県が新型コロナ感染拡大の端緒を黒塗りに

The Informed-Public Project(IPP)は、新型コロナウイルス感染に関して、米軍と市町村との情報交換について、また、沖縄県の医療関係者への情報共有の不十分さについてなどの調査を行ってきた。
今回、IPPは、沖縄県への情報開示請求で「個人の情報」を理由に不開示(黒塗り)とされた部分が、2波の感染拡大の端緒を示すものであったことを、情報開示請求等の調査により明らかにした。

調査結果は県内紙2紙で報道された。

以下、経緯等を入手書類等を示しながら解説する。

開示請求経緯

IPPは、2020年10月1日付で以下の情報開示請求を行った。

「新型コロナ対策の件で、これまで沖縄県が国立感染症研究所に依頼した、評価調査分析に関する書類一切(依頼文書、データ、結果、結果分析・評価、県での分析、メディアへのリリース文書」その結果、2020年10月15日沖縄県保健医療部地域保健課による開示決定が通知され、以下の公文書が特定され
た。 

「厚生労働省クラスター対策班沖縄派遣チーム(国立感染症研究所職員等で構成)が中心となって作成された資料のうち、本県に関連する調査分析結果等の資料」

開示された文書は以下の2件である。
1)「沖縄県におけるCOVID-19」 (2020年4月21日午後5時現在)(PDF資料
2)「沖縄県におけるCOVID-19集団発生事例に対する対応の中間報告:2020年8月24日確定分までの解析」沖縄県衛生環境研究所/厚労省クラスター対策班第2次沖縄派遣チーム(PDF資料

非開示部分とその理由「個人に関する情報」

文書は以下が非開示となった。
1)スライド14ページ中、8ページ・・・黒塗り(内容の部分ほぼ黒塗り)
2) スライド30ページ中 4ページ・・・全部黒塗り、2ページ・・・部分黒塗り

非開示の理由は、「沖縄県情報公開条例第7条第2号に相当 ※個人に関する情報」と記されていた。

原資料を入手、比較分析

今回、IPPは独自のルートで2)の非開示部のない原資料を入手し、IPPに開示された資料と比較した。
 
また、内容についての分析を、新型コロナウイルスの対策の専門家である群星沖縄臨床研修センター長徳田安春医師に依頼した。

以下非開示になった該当スライドの原資料と、専門家の見解を示す。
原資料のスライドについては、個人情報等に配慮し、IPPでモザイクの処理をした。個人情報についての扱いについては情報公開クリアリングハウスの三木由希子さんからの情報提供を参考にし、最終的に徳田医師のチェックを経た。

左が原資料、右がIPPが開示請求で入手した文書である。
「   」に、徳田医師のコメントを示した(下線は徳田医師による)。

○スライド13 

「クラスター内での感染の拡大図:個人情報を含むので公開しなかったのだろう」

○スライド18

「7月後半の感染拡大のホットスポットに観光業も含まれていた」

○スライド19

「「接待を伴う飲食業」での感染拡大が端緒となり流行が拡大した」

○スライド20

「クラスター対策班の写真(個人情報含む)なので公開しなかったのだろう」

○スライド22

「医療介護でのクラスター情報である」

○スライド23

「接待を伴う飲食業と観光業での感染拡大が端緒となり流行が拡大した」

情報公開の面からの問題点(情報公開クリアリングハウス理事長三木由希子氏)

情報公開の点からは、情報公開クリアリングハウス理事長三木由希子さんが琉球新報紙面で、不開示部分が個人情報にはあたらないことを指摘している。

(琉球新報記事本文には”非開示にした理由について県の担当者は「(当時担当だった)前任者に確認したところ、当時としては断定できるような情報ではなかった」「(開示すると)観光業が悪のような形になってしまう」などと説明した。”という記述があったことも受けての指摘)

 感染者の情報は個人情報で要保護性があり、具体的な人名や地名、人間関係など、個人が特定されるような情報なら出せない判断もあり得る。ただ、今回問題となっているページは、個人情報として不開示にできるような内容ではない。
 個別事情や具体性がないので、個人が識別できる要素も、識別できないが権利利益を侵害する可能性もない。
 公開しても観光業に悪影響というレベルでもないように思うので、不開示を維持すること自体が難しいように思う。
 県は非開示の理由を「個人に関する情報」と決定通知に記載した上で、後に「当時としては断定できるような情報ではなかった」などと説明したなら、情報公開の決定とは関係なく後付けだったことになる。
 どのように感染が広がったかという情報は感染症対策を考える上で大事で、個人が特定されるなど機微な情報を除き、分析結果を基にどう対策を取ったか、可能な限り開示すべきだ。
   その時点で不確かな情報であっても、その根拠や分析を基に対策を講じたのであれば、事実関係に変わりはない。

<コロナ資料黒塗り>不開示の対象ではない 三木由希子氏(情報公開クリアリングハウス理事長)【識者談話】琉球新報2021年4月27日

非開示情報の内容からの解説(群星沖縄臨床研修センター長徳田安春医師から)

また、内容の面からは徳田医師が同紙面で解説している。

 県が黒塗りにしたのは今回の資料で最も重要なページだ。感染のホットスポットに「接待を伴う飲食店」のみならず、観光業が含まれていたことが分かる。主要感染経路として観光業と飲食店から家族や職場につながって学校や医療機関、福祉施設などに広がったということだ

この図が黒塗りにされたことの理由は不明だ。別ページで「観光客を含み、県外から来県する人が多く、ウイルスの侵入点が多かった」と記しているものの、図の方が一目で分かる。緊急事態では行政の透明化が重要で、新興感染症に対抗していく上で、データを共有すれば皆でアイデアを出し合うことができる。

 県内で感染が拡大した背景には高い人口密度と、多い飲食の機会だけでなく、観光立県という要素もある。その点も指摘しなければ、県民の行動のみが要因となってしまう。観光が感染拡大の背景にある事実に向き合い、水際対策を強化すべきであり、今からでもすべきだろう。

 国も県も「ウィズコロナ」を掲げている。その選択は県民の生活に打撃を与えた。政府と同じ対策を取り、夜の街や飲食店の時短要請が主要な対策となった。しかし、昨年3月から世界保健機関(WHO)も封じ込めが可能だと推奨していた。ウィズコロナ政策は経済を優先しているかのように見えて実は経済が回りにくくなるというパラドックス(逆説)に陥ってしまった。
 (臨床疫学)

<コロナ資料黒塗り>「経済優先」が逆効果生むパラドクス 徳田安春氏(群星沖縄臨床研修センター長)【識者談話】2021年4月27日琉球新報

この解説で言及されている感染拡大の端緒となることが示されている別ページの文字資料は以下のスライドである。

以下は、報道後に追加した解説である。

開示されている資料の中でスライド8も重要である、と徳田医師は指摘する。

スライド8

 7月3日からの10日間に県外からの移入が先行しており、感染拡大の端緒の主要因として観光業があったことの証左であるとのことであった。
(参照:「沖縄県におけるCOVID 19 発生状況について 2020年7月〜2021年2月4日確定分まで(沖縄県衛生環境研究所」p.6,  沖縄県陽性者一覧csv)。今回の文書そのものについては、県レベルを超え、以下の意味を持つという。

・GoToTravelと感染拡大の関係について明確に示す疫学情報は、全国レベルでの京都大学の西浦氏らの論文[1]以外には、これまで沖縄のデータからは提供されていなかった。今回明らかになった資料は、それを示すデータである。
・厚労省/国立感染研の作成した資料であり、当時、そのデータが公開・共有されていれば、観光と感染拡大の関係を示すエビデンスとなり、国レベルの政策決定において意味のある資料となった可能性がある
・結果的に、夏のGoToTravelの検証データがなく、秋のGoToTravel再開を阻止すべきデータが公開されなかったということだ。その後、全国に感染が拡大したと考えられる。

県知事の釈明に対して

 この報道後、玉城康裕県知事が、記者会見の記者の質問への答弁で反論をした。2021年4月28日の琉球新報によると、玉城知事は「条例に基づいて手続きを取った」として問題ないとの認識を示し、非開示とした根拠について「他の資料と重ね合わせると、個人の情報が類推できる」と説明したという。また、4月29日も問題となっている相関図とは異なるページを引き合いに「顔がはっきり分かる写真も入っていた」とも答えたとのことである。
 しかし、上述の資料が示すとおり、他の資料と重ね合わせて個人の情報が類推できるものではない。この釈明を受けての情報開示クリアリングハウス三木理事長もこの知事の説明を受け、「照らし合わせると個人が分かるという場合、両方を不開示にするのではなく、識別性の高い方を不開示にすれば足りる」と指摘した。また、はっきり分かる写真(スライド20)は問題となる図とは関係ない(そもそも原資料でも顔がはっきり分かる写真ではない)。
 内容に関しての追及に関して”感染が広がった要因に観光は入っていないのかと追加で問われると「おそらく観光もあっただろうし、米軍のパーティーなどもあっただろうし、さまざまな要因から感染が広がった」と述べた。”とのことである。問題としている文書は、データで感染状況や原因を特定する分析を示している文書である。それにも関わらず、「おそらく」や「さまざまな要因」という言葉を用いており、データから感染要因を特定をし、それに基づいた措置をするという感染対策のあるべき姿勢からかけ離れた言葉を発している。また、県外からの持ち込みの2つの要因のデータの話をしているのに、なぜ唐突に「米軍のパーティ」の話がでるのかも理解し難い。
 情報開示の面からも、感染対策措置の認識の面からも、問題の重要性の認識が浅く、開示者に対して、ひいては県民に対して不誠実な釈明であると考える。また、これまでの感染政策への姿勢自体にも不信を抱かせる説明である。

沖縄県は透明性を高め信頼関係の再構築を

 去年の夏の2波の文書の問題を、この4月にしか明らかにできないことに関し、IPPとしても忸怩たる思いである。しかし、これを活かしていくために、透明性が民主主義の基盤であり、行政と市民の信頼構築のために不可欠のものであるということを認識する機会としてほしい。沖縄県には市民との信頼構築の必要性を強く認識し、これからの政策に反映してもらいたい。効果のある感染政策のためには、情報を得た(Informedされた)市民の存在が不可欠であるからだ。
 以下、報道記事での筆者のコメントをあげてむすびとする。

 「個人情報」という虚偽の理由で、公衆衛生領域を担う保健医療部がデータを隠蔽(いんぺい)したのはなぜなのか。単発の「黒塗り」問題として捉えるべきでないと考える。県行政の空気感として特定の産業への配慮があり、情報開示の場でそれが表れたとしたら、深刻な問題だからだ。
 今回隠された情報については、県のコロナ対策の科学性、透明性から考える必要がある。コロナ対策は、科学的データを基に策定されるべきものだ。
 今回隠された箇所は、第2波を検証し、その後の基本路線策定のためのデータとなる部分ではないだろうか。県民にデータを隠し、玉城デニー知事の言う「エビデンスに基づく」政策が信用できるのか。また、会議の非公開や議事録の不在で、このデータが誰に共有され、政策決定にどのように反映されているかどうか検証さえできないのが現状だ。
 感染症対策で行政と市民の信頼関係は重要な要素だ。透明性の問題で、県は今回の問題でさらに信頼を失った。県は今後、情報の「管理」に走ることなく、信頼構築の面から透明性を高める必要がある。 

<コロナ資料黒塗り>特定の産業へ配慮の空気か 河村雅美氏 2021年4月27日琉球新報

[1] Anzai, Asami; Nishiura, Hiroshi. 2021. ““Go To Travel” Campaign and Travel-Associated Coronavirus Disease 2019 Cases: A Descriptive Analysis, July–August 2020” J. Clin. Med. 10, no. 3: 398. https://doi.org/10.3390/jcm10030398(https://www.mdpi.com/2077-0383/10/3/398

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