世界自然遺産登録後もなぜウォッチが必要か:日米政府の課題は克服されていない

世界自然遺産の1回目の2018年の登録延期(通称落選)の理由については、環境省が国際自然保護連合(IUCN)の技術評価書(以下、評価書)を元にした正確な引用をせずに説明してきたことや、メディアでの廃棄物報道が多くされていることなどから正しい理解がされていないように思います。

       国際自然保護連合(IUCN)の技術評価書  

 

登録延期で示された課題を受け、日本政府は2度目の推薦書を2019年に提出し、2021年に登録にこぎつけました。

しかしその課題は本当に克服されたのか、ということをウォッチし続けなければならないと思います。それにはつきつけられた課題は何だったのか、なぜ登録されなかったかを遡って理解することが必要です。

世界自然遺産の求める、国際社会に通用する自然保護とはなにか、それを学ぶためにも。

北部訓練場という「政治的」問題の回避

登録延期の理由の一つは北部訓練場問題を回避したことでした(これに関してはIPPレポート「北部訓練場なき「やんばる」:奄美・琉球の世界自然遺産登録に関する問題」参照)。

1度目の登録延期の際、環境省は地元へも、北部訓練場は推薦書にいれなくても世界自然遺産の価値はある、北部訓練場について触れなくとも登録はいける、と説明をしてきたことが報道などからうかがえます(琉球新報の対談「『やんばる国立公園』あす指定 国頭、大宜味、東村座談会(2016年9月14日 琉球新報)」、。
また北部訓練場返還地についても、2017年の推薦書では推薦地には正式に位置付けず、補足資料により、今後推薦地に組み込むとしていました。それにより、当時の推薦の対象地とはなっておらず、評価も行われませんでした。これも、環境省は「跡地を除いても十分な説明ができる」と考えていたようです(沖縄タイムスの登録延期時の解説「返還地除外 甘い見通し」(2018年5月5日 沖縄タイムス))。2017年10月のIUCN現地視察の際、返還地の米軍廃棄物の問題は議題にさえ上がらなかったかもしれません。

その結果が、2018年のIUCNの登録延期の勧告であり、環境省による推薦の取り下げでした。

IUCNの示した基準:なぜ登録されなかったのか

“IUCN considers that the boundaries of the nominated property do not meet the requirements of the Operational Guidelines.”

登録は、UNESCOのthe Operational Guidelinesの基準によって評価されます。

Integrity(完全性),Protection(保護) and Management(管理)の3つを満たす必要がありました。

IUCNが登録の可否とその理由を述べている評価書で、保護と管理の基準は満たしているとIUCNは判断した一方、登録地のBoundaries(境界線)が基準を満たしていないと判断しました。これが登録延期の理由です。評価書内では、何の基準は満たして、何は満たしていない、と明確に示しています。

“IUCN considers that the boundaries of the nominated property do not meet the requirements of the Operational Guidelines.”

北部訓練場返還跡地という重要な地域を入れなければ全体性(`wholeness`)は十分に満たさないとし、北部訓練場自体については米国の管理下にはあるが、景観の連続性と貴重な種の重要な生息地を支える、事実上の重要な緩衝地帯として機能している、とIUCNは評価書で位置づけました。

推薦時に日本政府が引いた境界線は、既存の保護地域のゾーニング、科学的基準、厳格な保護レベル、利害関係者の協議を踏まえた「妥協案」であるとし、それでは十分ではないと指摘しています。 IUCNが求める完全性(Integrity)に対して、環境省が示した推薦地はそれを満たさないとしたのです。

IUCNの技術評価書のBoundaries(境界線)の抜粋。the Northern Training Area (NTA)という言葉が、”the remaining NTA” (北部訓練場)とthe returned NTA(返還地)という形で何回もでてくる。環境省の推薦書では触れていない言葉である。

さらにIUCNは、推薦地に関する保護・管理計画は基準を満たしているものの、それは北部訓練場や北部訓練場跡地をカバーしてはしていないと指摘します。
そして、北部訓練場跡地を推薦地に正式に組み込むこと、北部訓練場も視野にいれた保護管理計画のメカニズムを設置することを日本政府に勧告します。
これは、境界の問題を克服したら、保護・管理もやり直しですよ、という宿題がだされたことを意味しています。

 

しかし、環境省の市民への説明は、そのようなIUCNの真意を伝えていません。IUCNの評価書の和訳も出さず、A4の資料1.5枚ですませていきました。甘かった見通しを矮小化するかのように。

環境省の登録延期時のリリース資料。評価書の内容が正確に反映されていない。

登録、しかし政府の課題は克服されたのか:

その後、日本政府は2回目の課題をなんとか書類上克服し、推薦書には日米政府の協力体制も書き込まれ、悲願の登録を果たすことになりました。
そこにある「合意文書」なるものの実効性があるかどうかについて追及するため、IPPで開示請求を求めると、確認したい部分が黒塗りで、その文書の正統性(オーソリティー)は証明できませんでした。(IPP記事「世界自然遺産 米軍との「合意文書」黒塗りに」2022.03.30

また、その後に2023年7月に日米政府は「世界遺産登録された沖縄島北部における自然環境の保全における二国間協力」なるものを発しますが、それもIPPが前文書と同様に情報開示請求をかけると、重要な部分は不開示とされ、またしても日米の協力体制を保証するはずの文書の正統性は疑問を持たれます
琉球新報「世界自然遺産、環境保全の日米声明で一部黒塗り 環境団体が情報開示請求」(2023.12.14)。

組み込まれた緩衝地帯としての北部訓練場の運用や、返還跡地の現場で何が起きているのか、どのような保護管理がされているのか、の情報は不明確なままとなっています。

つまり、実質的な課題の克服がなされているかがわからない状態のままにあるといえます。

それゆえに、訓練場の跡地、運用の状態、そして、それを知ることができる体制を実現しようとしているかをウォッチする必要があります。

日本政府を媒介にした情報は信頼できないので…

環境省や沖縄県が沖縄防衛局の「支障除去」を見逃していったことを前記事で問題としましたが、環境省も沖縄県もIUCNのOperational Guidelinesで基準を理解していれば、「妥協の境界線」が国際社会で通用しないことはわかるはずです。

また、IUCNの森林や生息域の連続性を無視し、「北部訓練場を外しても価値がある」という説明や、登録延期時の問題を矮小化した説明文書からわかることは、日本政府を媒介にした情報がいかに信憑性がないかということを示しています。

国際社会の求める自然保護はなにか、を理解するには、国際社会の発して文書そのもの(ユネスコのガイドライン、IUCNの意見書)を自分で見る必要があることが一連の過程でわかります。

そして、日本政府の発する情報が、現状を反映していないからこそ、私たち市民は地元で何が起きているかを自分の目や手や足を使って把握し、国際社会の原理原則に照らし合わせながら、World Heritage Watchや国際機関に発信をしなければならないと考えています。

世界自然遺産は登録で終わるものではなく、次世代と国際社会への責任が伴うものだから。

最初の「登録延期」時、「落選」に驚いた行政や関係者は、世界自然遺産登録過程でそれを学んだのでしょうか。 

 

 

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